餞の言葉
あるメーカーの営業マンが担当が変わるということで挨拶に来てくれた。
たまにしか会わないが、がつがつせず、よそよそしくもなく、仕事のお付き合いだということを忘れてしまう様な人だ。
年は私よりもひとまわり以上したになる。
営業マンとしては少し不器用な気もするが、私はそういうところに好感をもった。
「今日は最終日なんです。」
一瞬意味がわからなかった。
「実は今の会社やめるんです。」
「えっ、次どうするんですか?」
そんなやりとりで話を聞くと、次の就職先は決まっていてやはり営業をするという。
「どんな業種ですか?」
「実は親の会社なんです」
「えー!ゆくゆくは社長じゃないですか。」
私は何故か嬉しくなって、差し支えなければの連発で根掘り葉掘り聞いてしまった。
その後も話は尽きなかったが、職場の整理もあるだろうし、あまり引き止めても申し訳ないので私はお別れの挨拶をすることにした。
「最終日にわざわざ来ていただきありがとうございました。」
どの様な言葉で伝えたのか思いだせないが、彼の誠実さと暖かさに感謝した。
これからいろいろな苦労があるのだろうが、きっと彼なら社員に尊敬される社長になれるのだと思った。
最後に気の利いた餞の言葉でも送りたかったが、出てきた言葉は「頑張ってください。」だった。
エレベーターまで見送ると、ドアが閉まるまで深々とお辞儀をしてくれた。
私には、最後に営業マンではない彼の姿を見せてくれているように思えた。