むちうちっていったいなんなんだ

自分で掘った人生の落とし穴に落ちた私は這い上がれるのか

感謝

娘のバレーボールのコーチをしてくれていた方と夕食会を行った。

痩せ型で背が高く機敏な動きは、とても60歳にはみえない。

性格はまじめで、生徒たちには優しく、何があっても強く叱るようなことはしない。

ひと回り以上年下の私達にも敬語を使う。

10年以上も毎週指導をしてくれている。

 もちろん無償でだ。

 

今年は素敵な人たちと沢山の出会いがあった。

 

3年ぶりの平和な年末。

 

しみじみと、しみじみと。

あの孤独から開放された喜びを。

 

お世話になっった皆様に感謝を

してししてもしたりない。

 

 

ご褒美ケーキ

日曜日は三女のピアノのコンクールに行ってきた。

半年前からうちのやつには練習しろしろ言われてきたが、三女は真面目に練習はしてこなかった。

それでも最近は少しはまともに弾けるようになっており、終わったらご褒美にケーキを食べさせるという約束をさせられた。

 

本番スタート。

すぐにつまずく。

ワンフレーズ抜けてしまう。

 

親としては、胸が苦しくなる。

目を開けていられない。

初めでつまずいた彼女はその後もペースを取り戻すことのできないまま演奏を終えた。

 

客席に戻ってきた彼女は何も言わず席に座り、俯いていた。

 

失敗したことに何も感じていないようなら少しは怒ろうかかと思ったが、そうではなかった。

 

自分の練習不足は誰のせいにもできないし、それによりこんな悔しい思いをすることがわったのなら最高の結果ではないかと思う。

 

彼女は会場を出るときに言った。

 

「ケーキはいらない」

 

もう大丈夫。

おそらく3年ぶりに風邪をひいた。

 

地獄にいるような体調不良に悩まされていたときは、これは熱があるに違いないと何度も何度も体温を測ったがいつも全くの平熱だった。

 

ことしは風邪の症状を感じて、これはと思い熱を測ると38度を超えている。症状に結果が伴うのは嬉しいことだ。

 

あの頃、痛みと体調不良に苦しみ、藁をもすがる思いで何件病院に行ったことか。何を調べてもらっても異常が見つからない。医者から見放された不安は半端なものではなった。

 

久々の発熱に喜ぶ。こんな状態で会社に行っても嫌がられるだけなので休むことにした。

 

うちのやつと子供たちは心配そうだ。風邪ぐらいで何をそんなに心配かと思うかもしれないが、また長期の休職になるのではないかと心配なのだ。夕方三女が帰ってくるなり、ベッドで寝ている私に聞く

「良くなった?大丈夫?」

 

おそらくそこには三女なりの心配があるのだ。

 

私は優しくハッキリと答える。

 

「もう大丈夫。」

 

 

PTA会長

PTAの活動に参加していたためなんだか忙しく2ヶ月が過ぎた。

夢のように時間が過ぎていく。

 

実は健康な状態で11月を過ごせるのは3年ぶり。今年もいつ体調を崩すのかとヒヤヒヤしていたが、このまま年を越せそうな気がしてきた。

 

急激に私の住む町の人々との交流が増え、何だか自分ではないような日々を送っている。

 

もともと人とのコミュニケーションは得意な方ではないのだが、年をとったからだろうか、それともこの二年間の辛い経験がそうさせるのか。

 

よしPTA会長をめざすか。

 

この時間を大切にしよう

今年高校受験の長女は勉強をしない。

何度も塾に行けと言っているのだが、拒絶される。

普通は友達が行っているからと、行かせてとか言っくるものではないのか?

 

成績が落ちたら強制的に塾送りという約束を紙に書かせてリビングの壁に貼ってある。

 

ついにその時がきた。

成績がさがったのだ。

 

ところが私の方がやる気をなくしてしまっている。楽しく人生を歩めればよいという考えから、嫌なものを無理やりやらせなくてもと思ってしまった。

 

我が家では、塾に行きたがらない長女のために、夜はネットの塾をテレビに写している。

 

うちのやつも、下のふたりも一緒にあーじゃないこーじゃないと言いながら見ている。

お陰で皆んな少しだけ勉強ができるようになった。私ももう一度高校受験出来るかもしれない。

 

この時間が楽しいのだ。やはり塾なんか行かなくて良いのだと思う。

それらしい台詞でも

私は集中モードで残業をしていた。

そんなに年の違わない後輩が私のデスクの脇からモニターを覗いてきた。

 

集中を切られた私は

「なんだよ。」

と冷たく言う。

 

 彼は気にした様子もなく聞いてきた。

「ちょっと疲れてるの(仕事に)ですが、どうすればよいですかね?」

 

そんな事を聞かれても、答えなんか用意していない。

私にも経験があるが、実際に答えなんかない。休むしかないのだ。

 

人間というのは、自分のポジションを落とすことに非常に敏感に作られているらしく、休むことをしない。仕事なんか投げ出してしまえば良いのに、そんなことをしたら人生の終わりのように考えてしまう。

 

当然、彼にも休めば良いことはわかっている。

それでは私からどんな言葉を引き出したいのだろうか?

 

私なんかを頼って聞きに来てくれたのだから、真面目に答えを探してみた。

 

私がどん底にいたとき、這い上がる方法があっただろうか?答えは全くと言ってよいほど無い。

 

ただ耐えて耐えて耐えて時間が過ぎる事を望んでいただけだった。

 

「何とかしようとしなくていいんじゃない。時間が経てば良い時もくるよ。」

 

それらしい台詞を言葉にしてみたが、嘘ではないような気がした。

 

彼は少し表情を明るくした。

祈り

やはり季節の変わり目は体調の変化がある。

地獄のような日々が、怖くて怖くて気にしすぎてしまう。

 

少しの体調の悪化から、ずるずるとあの状態に引きずり込まれるのではないかと。

 

早く三姉妹が独り立ちしてくれることを望む。

 

楽しく毎日が過ごせることを祈る。

 

通勤めんどくさー

去年一昨年と冬は辛いものになった。

去年は歯の痛みから体調を崩すという何とも情けないものだった。

 

歯の治療を終えたあとも、検診で定期的に歯医者には通っている。健康には気を使い同じことを繰り返すまいと最善をつくす。

 

二度あることは三度あるのか?

仮にそうであっても二度復活したのだから。

 

朝、家を出るときに

「通勤めんどくさー」

とうちのやつに言った。

 

本当はそんなことを言える喜びを感じている。

今日はどんな1日になるのか。

都電を運転した。

レールがあるはずなのに間違えて逆走し、仕方ないので横断歩道を渡って元のルートに戻った。警察がいて捕まるのではないかとヒヤヒヤした。

真っ先に思ったのは私が刑務所に入ることになったらうちのやつと娘たちに、また迷惑をかけてしまうと。

 

いやーな気分で目が覚めた私は落ち着いた日常に戻った。

 

あの頃は、毎日毎日最高に気持ちの良い夢をみて、目が覚めると地獄のような現実が待っていた。真逆の環境。どちらが幸せなのかは決まっている。

 

さあ今日はどんな1日になるのか楽しみだ。

無理矢理にでも良いこともあるのかもしれない

長女が部活を引退したあと初めてバレーボールの試合を見に行った。

幼かった2年生は急に成長していて驚いた。

試合はボロ負けだったがチームは1つになっているようにみえた。

 

長女が引退する前に、2年生で少し心配な生徒がいた。

学校に化粧をしていたことを顧問の先生に注意されていた。それでも化粧をやめることはしなかったのだが、それを上級生から顧問の先生に報告されてしまった。

 

彼女は体育館の隅で不貞腐れた態度のまま先生の説教をうけていた。詳しいことは分からないが彼女の環境に何か問題があったのだろう。

 

ところが昨日、その彼女のプレーはチームの中で1番だった。自分の得点は勿論、仲間のプレーにも満面の笑みで喜びを表していた。

 試合を見に来て良かったと思った。

 

さて、下の娘二人にもバレーボールをやらせようか。無理矢理にでもそうした方が良いこともあるのかもしれない。

娘に弱みを握られている

私が実家で療養していたときのことをたまに思い出す。いまだに思い出すと胸が苦しくなる場面だ。

 

その日は土曜日で、うちのやつが娘たちを連れて来た。

その頃の私は昼間も常にうつらうつらと眠っている状態で、生きているのか自分でもわからないような状態だったのだが、娘たちにそんな姿は見せられる訳もなく、意識をはっきりさせて出来る限り元気に見せていた。

 

うちのやつと娘たちにが帰るときに突然その場面が始まる。

 

8歳の三女が帰りたくないと言いはじめた。うちのやつが宥めていると三女は私が着ていたシャツを抱きしめて持ち帰ろうとしたのだ。

私は辛くて見ていられない。

自分のせいで娘たちに辛い思いをさせることが、これほど苦しいこととは想像もできなかった。

 

そんな三女も小学5年生で生意気ざかりだが、その時のことを思い出すとついつい甘やかしてしまう。

弱みを握られているということか。

困ったものだ。

 

次のステップ

子供たちは夏休み。

毎日毎日毎日毎日ダラダラと過ごしている。

うちのやつは毎日イライラして怒鳴っている。

 

長女は受験生。

私も一応叱ってみるものの、本当はそんな気持ちになっていない。

 

勿論、少しでもよい高校に行ってほしいし、努力することは悪いことではない。

それによって人生は変わるのかもしれないが、良い方なのか悪い方向なのかは誰にもわからない。

 

正直なところ、私も長女と同じなのだ。

楽しいことだけやっていたいし、辛いことからは逃げたい。

 

しかし、それでは人間はとっくに絶滅している為、そんなふうには生かされていない。

 

恐らく私は長女には、とことんやって欲しいのだと思う。ダラダラを毎日毎日毎日毎日。

 

必ずダラダラが辛くなるはずだ。

その時が次のステップに行った時なのかもしれない。

 

 

再終活

私は終活をしたことがある。

半年以上続く痛みと体調不良の苦しみに疲れ果て、銀行口座や証券口座などのIDとパスワードを書き留めた。幸いそれが役に立つことはなかった。

 

 

今年の夏休みも家族5人で実家に帰っのだが、両親が報告があると言う。

どうやら墓を建てたらしい。

正直なことを言うととても羨ましいと思った。私が親の年齢まで年を取った時にどの様な心境になっているのはわからないが、今の私には羨ましく思えるのだ。

 

そう思える両親を持った私は幸せ者なのだろう。

 

おそらくあの世なんてものは無いし、死んでしまえば何も残らない。それでも終活を行うのは残されたものへの愛情ということしかない。

 

私も年を取ってちゃんと終活をすることが出来たら、その時はうちのやつと娘達の幸せを祈っていたい。

 

 

年越し

2年連続年越しは休職状態だった。

今の調子なら今年はこのまま年を越せるのか。

去年の今頃はまたあの地獄を味わうとは思ってもみなかった。

 

体調には気をつけている。歯もよく磨いている。夏バテしないように、しっかり食べしっかり寝ている。体重が増えるので出来るだけ運動もしている。

 

三姉妹は毎年、会社の餅つき大会を楽しみにしている。今年こそは参加が目標だ。

 

イケメン布袋様

朝の通勤電車。

私の前に夏なのに、何というのか知らないがスーツのベスト?を着たイケメン風の男性がいる。

さっとスマホを取り出し両手フリックでサクサク何か書いている。

私は負けじと腹を凹ませ、超高速フリックで、このブログを書いている。

 

この年になると、格好をつけようにも外見のカッコよさには限界がある。

髪は薄くなるし、腹は出てくる。

カツラはかぶりたくないし、美味しいものも食べたい。

仲間と楽しくお酒も飲みたい。

 

食べることが出来ない苦痛を知っている。食べ物がゴムのようなる。毎日毎日ゴムを無理矢理飲みこむのだ。

だから私は多少腹が出ても構わない。

イケメンでなくてよい。(もともと違うが)

 

ただ私が幸せに過ごす事で、うちのやつと三姉妹が心安らかに過ごせればそれだけでよい。

 

腹が出て禿げてもよいのだ。

目指すは布袋様なのだ。

 

イケメンのせいでなにが書きたいかわからなくなってしまった。

外見ではない、イケメンは内面がイケてるのだ。

 

ナイメンイケメンイエィ〜!なのだ。