むちうちっていったいなんなんだ

自分で掘った人生の落とし穴に落ちた私は這い上がれるのか

むすこ

三姉妹のおじいちゃんが倒れてから2ヶ月。

おばあちゃんとうちのやつは少し落ち着いてきた。

 

お見舞いに行くと病室が変更になっており、看護師さんに部屋番号を確認した。

何でも、病状が落ち着いている患者をナースステーションから離れた病室へ、常に移動をするらしい。

 

おじいちゃんは横になって、うちのやつに何か話しかけていた。私には聞き取れなかったが、どうやら私の名前を言ったらしい。

 

私は、心のどこかで私のことがわからなくなっているのではないかと心配していたのだが、正直ホッとした。

 

 

リハビリをするために、看護師さんに抱えられて車椅子に乗せられたおじいちゃんは、「つま、、むすめ、、、」と言った。

はじめはわからなかったが、看護師に家族を紹介してくれていた。

 

気のせいかもしれないが、「むすめ、、、」の後にも何か言おうとしていた。

おそらく私のことを、だったと思う。

 

私は勝手に嬉しい気持ちになったのだった。

 

なんとかもう一度起き上がって

うちのやつのお父さん。

三姉妹のおじいちゃんが

倒れてしまった。

 

なんとかもう一度起き上がって

うちのやつと会話をしてくれないか。

 

忘れられない思い出がある。

長女が産まれたばかりのゴールデンウィークだったと思う。

孫の顔を見せるため、うちのやつの実家に帰省していた。

私は途中で出張に行くことになっていた。

出張前日の夜、おじいちゃんは一人で買い物に行くと上等なマグロの刺し身を買ってきた。

お酒を飲みながら刺し身を取り出すと、私の為に買ってきたと言って差し出した。

出張の電車で、少し恥ずかしそうに刺し身を出すおじいちゃんの姿を思い出し、感謝の気持ちでいっぱいになった。

 

 

 

おじいちゃんは、大きな病院のベッドで目を開けていた。何か言いたそうにみえたが音には出来なかった。

ただ、その姿は惨めなんかではなく、寧ろ立派な、立派な姿に見えた。

私などに言われたくないかもしれないが本当に立派に見えた。

 

 

なんとかもう一度起き上がって

うちのやつと会話をしてくれないか。

そしておばあちゃんと

三姉妹と。

少しだけでよいから私とも会話をしてくれないものか。

 

 

個室の希望はない。

入院の説明を受けるため病院に行ってきた。

高校生にもなる娘に付き添う必要があったのかはわからないが、なんとなく興味もあった。

 

相変わらず病院というところは待ち時間が長い。

特に不満があるわけではなく、医者は大変だなと思ってしまう。

 

医者からしたら大した手術ではないのだろうが、全身麻酔と聞くとやや不安になる。私は経験したことがない。

 

思っていたより若い先生で、さばさばしており、悪い印象はなかった。

未だに忘れられない嫌な思い出が整形外科にはあるため、そんな風に身構えてしまうのだ。

今思えば私の精神状態がそうさせてしまったのかもしれないが、本当にあの時は医者が悪魔のように思えたのだ。

 

月末は手術。

バレーボールの試合が見られないのは残念だが、せめて彼女にとって良い経験になると良いと思う。

 

看護師から入院の説明をうける。

個室の希望はありますか?

無いです。

私は落ち込む。

長女がバレーボール大会で、膝を負傷してしまった。

はじめは大したことないと考えていたのだが、診断の結果は靭帯が切れているとのこと。

 

手術後半年近くはリハビリらしい。

 

娘のバレーボール観戦が楽しくて仕方なかった私は落ち込む。

 

娘の人生の中では少しの時間かもしれないし、本人もさほど落ち込んでいる様子もない。

 

ただ、私は落ち込む。

 

やはり、私は落ち込む。

 

2020年が始まる頃、娘の復帰試合が見られたら泣いてしまうかもしれない。

 

今はただただ、落ち込む。

新年あけましておめでとうございます。

早いもので今年で四年目を迎えます。

冬に入る時期はやや体調を崩すものの、健康な日々を送ることが出来ております。

 

私と同じような状態に陥りこのブログにたどり着いた方がより良い状態になっており、このブログが少しでも役に立っていたら幸いです。

こんなブログにたどり着くような検索はしないで済むに越したことはありませんが、これもなにかの縁かと思います。

 

今幸せな人も、今苦しんでいる人も、今年が楽しい一年になりますように。

私も楽しい一年になりますように。

 

本年も宜しくお願いいたします。

 

 

 

 

甘々

三姉妹を不安にさせてしまったことで、私は彼女たちにどうしても甘くしてしまう。

 

三女は小学校の音楽部に入っており、私にはよくわからないがマウスピースというのを吹く楽器をやっている。

中学生になったら吹奏楽部に入るらしい。

 

「トランペットが欲しい。」

 

甘いのはわかっているのだが、ついつい買ってあげてしまった。

 

少し意外だったのは、三女が本当に喜んだ事だった。トランペットを出しては少し吹いてみて眺めているのだ。

よくある光景に思えるかもしれないが、うまく言えないが三女はそういうタイプではない気がしていた。

 

私は買ってあげてよかったと思ったし、なんとも嬉しい気持ちになった。

 

甘々な父親はやめられそうにない。

 

幸せな朝食

料理をする音で目が覚める。うちのやつと長女がバレーボールの大会に持っていくお弁当の話をしていた。

実は私はこの日をずいぶん前から楽しみにしており、昨夜はいわゆる遠足の日の前日状態ですぐには眠れなかった。高校でもバレーボール部に入った長女だったが、1年生大会の今回は中学以来のスタメン出場なのだ。

 

3年前、実家で療養していた私は浅く短い眠りから醒めると母親が朝食を作る音がしていた。

私はまだ生きていた。明日はもう自分はいないつもりだ。実家では両親には迷惑がかかるだろうが、うちのやつと子供たちの為に。

朝食は少しだけ味がした。

 

 

段々と布団から出たくない季節になっている。

そろそろ起きておはよーと言おう。

お弁当をつくった残り物で朝ごはんを食べよう。玉子焼きはきっとあるだろう。想像しただけで味がする。

これ以上の幸せがあるだろうか。恐らく無いだろう。

 

金魚

私は相変わらず体調を気にしながら幸せな毎日を過ごしている。

三女が夏祭りで金魚を持ち帰ってきた。親としては困ってしまうのだが結局三女の熱意に負けてしまうのだ。

水槽やポンプ、餌を買った。

 

よくある話で餌をあげるのは私の役目。

日に日に太っていき元気に泳いている姿に癒やされる。

 

朝水槽をみると何が原因かはわからないが金魚は横になって浮いていた。

 

うちのやつが庭の隅に埋めてあげた。

 

金魚に幸せを感じる心があるかは知らないが、三女にすくわれてから少しの間だが、私には金魚は幸せそうにみえた。

間違っているかもしれないが

仕事が忙しくなっているが、無理はしない。

今更もしれないが、仕事が楽しいのは人とのコミュニケーションがあるからだということに気付いてしまったからだ。

 

人は人とコミュニケーションをとることで、生存競争を生き抜いてきたらしい。弱い動物である人間は群れることで身を守った。早い段階で一夫一婦の形を取り、同種の争いを減らした。

数百万年の期間をかけて刻まれ続けたDNAを大いに利用してやろうと思う。

それはおそらく簡単なことで、楽しさを間違えなければ良い。

 

今の私が間違っているかはわからないが、毎日が楽しいのは間違いない。

15歳の卒業式

長女は公立高校に行けることになった。

私は少し迷ったのだが、卒業式に出席してきた。

一昔前なら父親の姿はほとんど無かったのだろうが、最近はそうでもないようだ。とても素敵な先生に出会え良い3年間を過ごしたことがわかる卒業式だった。本当に出席してよかった。

 

ちょうど1週間前、うちのやつからラインで合格の知らせを聞いた。正直なところ経済的な理由での安心感が湧いてきた。

下にふたりの妹が控えていることを考えると不安だった。

 

長女は私のそんな気持ちを感じていたのか、最後の最後で第一志望の高校から少しランクの低い高校に変えた。

 

彼女が決めたことだから反対などはしなかったが、私は複雑な気分だった。

なにかしてあげられることはなかったのか。

 

しかし、卒業式の涙と笑顔を見たらそんな気持ちは全て吹き飛んでしまった。

親にとっても一生で一度の長女15歳の卒業式。本当に出席してよかった。

 

ありがとう。

2度目の復帰から1年

何となくこのタイトルを書けずにいたのだが、2度目の休職から復帰して1年が経った。

 

実は2度目の休職は私に自信を持たせてくれている。単純に2度復活できたのだから、次のがあっても大丈夫という気になるのだ。

 

最初の休職の時に考えていたことを思い出すと今でも不思議な気持ちになる。廃人のようになっていた私は、それでも社会との関わり欲しくて整骨院でカウンセリングのようなことができないかと思っていた。こんな体調でもそれぐらいの事は出来るのではないかと考えたのだ。勿論そんなことが仕事になるとは思えないので無償でよいからやらせてくれないかと。

行くところがあれば、朝、子どもたちに行ってきますと言えるし、夕方、子どもたちよりも遅く家に帰り、ただいまと言える。

 

私は今日、出張の為家を早く出たので子どもたちはまだ寝ていた。

明日の夜、玄関を開けたら、お土産を渡しながら、ただいまと言おう。

 

2度目の復帰から1年経ったが、そのことにあまり意味はないのかもしれない。

楽しさを感じてはいけない

自分が楽しく生きるのは大事なことだが、他人の楽しみを奪うことに楽しさを感じではいけないと思っている。

 

その人はとても頭の良い人なのだが、利己的な部分が見え隠れしていた。

私は意識的に距離をおいた付き合いかたをするのだが、その人は私の境界ラインを超えてこようとした。

はじめはそれも刺激的で楽しいのだが、時間が経つにつれ入り込まれすぎる事による副作用的な不快感が生まれるようになった。

 

私は私の境界を守るためにその人の境界を壊すしかなく、私の利己的な部分を曝け出してしまう結果になってしまった。

 

そこに楽しさを感じなかったことは良かったと思う。

 

確約

確約という私立高校受験の仕組みがある。

最近知ったのだがどの地域でもこれがあるわけではないらしい。

埼玉県で育って埼玉で暮らしている私には全国にあるあたり前の制度かと思っていた。

 

高校受験の確約というのは、内申点がその学校の基準を満たしていれば、試験をうけさえすればほぼ間違い無く合格するというものだ。

 

中3の長女は高校受験。

私立高校の確約を取り安心したのか、全く勉強をしない。

それについて文句を言うつもりはないのだが、学費のことを考えると公立高校に行ってもらいたい。下にはあと二人の妹がいる。

 

私も親に甘え大した努力もせずに学校には行かせてもらい、これが当たり前だと思っていた。

今となっては当たり前なんかではなく、親は不安をかかえながらも子供のために最善をつくす。

 

 馬鹿な私は、苦労もなく就職し、結婚して子供を育て、人生の確約を取った気になっていたのだ。

一度人生の落とし穴に落ちた私は、その偽物の確約を穴でなくしたようだ。

不思議なことに確約を失ったことで、私は以前よりも躍動する。

 

人生には確約がないことを知ってしまったほうが幸せなのかもしれない。

 

娘達にもその事を教えたいが、教えられてわかるものでもないだろう。

 

 

 

面倒くさい

普通はつまらない。

変化は楽しい。

日常は飽きる。

 

特別は楽しい。

勝てば嬉しい。

 

今日はちょっと癖のある先輩と飲みにいった。

癖があると言っても嫌ではない。

むしろ楽しい。

普通はつまらない。

 

面倒くさいは楽しいに変化するのか。

当たり前はつまらない。

 

当たり障りないのは退屈。

欲しいのは生きている実感。

 

面倒くさい先輩。

楽しかった。

 

生きていくのは楽ではなさそうだけど、楽しさはそれを超える。

 

私は誠実に。

面倒くさく。

楽しく。

 

感謝を。

 

 

 

 

明けました。

今幸せな人も、今苦しんでいる人も、今年が楽しい一年になりますように。

私も楽しい一年になりますように。

 

このブログを読んで頂いている皆様、本年も宜しくお願いいたします。